【奈良県】南朝御聖蹟コスモス寺/奈良市般若寺

奈良にはお寺が沢山ありますが、紅葉のシーズンにとても賑わうお寺があります。空いた時間に行けるので特にカップルさんにはオススメのスポットです。そのお寺は「コスモス寺」とも呼ばれている般若寺。

奈良市の中心部から近い距離(右方向→が北、左方向←南)お寺の前には大きな駐車場もあり、バスも通ります。

南朝御聖蹟 般若寺(コスモス寺)

境内に広がるピンク色のコスモスたち。お寺とは思えない可愛い雰囲気で、開花シーズンになると沢山のツアー客が訪れます。拝観料:通常500円(中学生200円・小学生100円)/5月25〜6月30日(アジサイ期間)・9月21日〜11月10日(コスモス期間)700円(中学生300円・小学生200円)ちなみに訪れた日は11月17日。

ご本堂

「関西花の寺第十七番」とありますが、計二十五箇所ある「関西花の寺」の一つで奈良県には他に六寺あります。

関西花の寺二十五箇所

【一番】丹州觀音寺(京都府)【二番】楞厳寺(京都府)【三番】金剛院(京都府)【四番】高源寺(京都府)【五番】高照寺(兵庫県)【六番】隆国寺(兵庫県)【七番】如意寺(京都府)【八番】應聖寺(兵庫県)【九番】鶴林寺(兵庫県)【十番】摩耶山天上寺(兵庫県)【十一番】永澤寺(兵庫県)【十二番】久安寺(大阪府)【十三番】法金剛院(京都府)【十四番】興聖寺(滋賀県)【十五番】岩船寺(京都府)【十六番】浄瑠璃寺(京都府)【十七番】般若寺(奈良県)【十八番】白毫寺(奈良県)【十九番】長岳寺(奈良県)【二十番】石光寺(奈良県)【二十一番】當麻寺西南院(奈良県)【二十二番】船宿寺(奈良県)【二十三番】金剛寺(奈良県)【二十四番】子安地蔵寺(和歌山県)【二十五番】勧心寺(大阪府)

国宝 楼門

こちらは真言律の宗祖の叡尊上人らによる鎌倉時代再興伽藍(文永4年)の廻廊の西門。楼門遺構は日本最古の作例という門です。

国宝 十三重石宝塔

聖武天皇が御創建されましたが、その後、観良房良恵上人が勧進、宋人も伊行末、息子伊行吉が建長5年(1253年)に創建されました。

コスモスだけではなく境内には様々フォトスポットが用意してあります。奥の方で御朱印もいただけます。

とても歴史ある南都のお寺なので、いろんな先人たちの歴史も詰まっています。

般若寺は飛鳥時代、高句麗の慧灌法師によって開かれ、その後聖武天皇が、平城京の鬼門封じに「大般若経」を塔の基壇に収め「卒塔婆」を建てられたのが寺名の起こりです。治承四年(1180年)平家による南都焼討で荒廃しましたが、鎌倉時代に真言律宗の宗祖  西大寺の叡尊と観良房良恵により、十三重石宝塔や七堂伽藍の再建されました。写真:卒塔婆

南朝御聖蹟

般若寺は、鎌倉時代末期から室町時代にかけての南北朝ゆかりの聖地としても知られています。●後醍醐天皇●大塔宮護良親王●文観上人●般若寺本性房の顕彰されています。

「正中の変 元亨四年三月七日、文観上人が後醍醐天皇の討幕親政を祈願する為、般若寺に八字文殊菩薩像を造立する。願文に「金輪聖王願成就」と記され、仏と同格と見なされる理想の国王である(金輪聖王)後醍醐帝の御願を本尊に祈られた。」正中の変とは、後醍醐天皇と日野資朝・日野俊基が鎌倉幕府への討幕計画の事で、事前に発覚し日野の二人は佐渡に流罪となりました。※冤罪との説もあります。

大塔宮護良親王供養塔

御祭神の神社「大塔宮鎌倉宮」こちら

「元弘の変」元弘元年八月、後醍醐天皇傘置寺城へ遷座。大塔宮など参戦。般若寺本性房戦勝祈願の巻数を持参し、大岩を投げて奮戦す。笠置落城後、大塔宮般若寺に潜伏され敵の探索を遁れる為、唐櫃に隠れ、窮地を脱す。

のち熊野へ落ち行かれて再起し倒幕の兵を挙げられる。楠木正成らと六原探題を陥落させ、新田義貞らと討幕を果たされる。」とあります。※唐櫃(からびつ)とは、武具などを入れる正方形の箱。

般若寺本性房の力石

何やら大きな石が四つ並んでいます。力だめしの石 ●もてる女石(約20キロ)●もてる男石(約30キロ)●もてない石(約50キロ)と説明文と写真。「南北朝時代の戦乱を記した「太平記」第3巻に出る、元弘元年(1331)元弘の乱の際、後醍醐帝の戦勝祈願を記した巻数を持参して笠置山に馳せ参じ、

後醍醐帝に加勢し怪力を持って笠置山山上から大岩を六波羅勢(鎌倉幕府軍)へ投げつけ大活躍した般若寺の僧。笠置絵巻に描かれJR笠置駅前に像が建っている。大岩を持ち上げた本性房のように大きな石を持って見ましょう。」とあります。

剣聖宮本武蔵が宝蔵院胤舜と決闘した地

またのこの地は、剣聖宮本武蔵が宝蔵院槍術の使い手胤舜と対決した地としても知られています。ただ、史料には無いので、柳生に行ったという話と同様に創作されたようです。

周辺のスポット

法相宗大本山 興福寺

春日大社と並んで奈良のシンボル的存在の興福寺。応永三十三年(1426年)頃に再建された国宝の大きな五重の塔は荘厳です。和銅三年(710年)奈良に平城遷都、藤原不比等(ふひと)が開いた藤原氏の氏寺で、聖武天皇が叔母(元正太上天皇)の病気回復を祈願して建立した左側の「国宝 東金堂」は応永22年(1415年)再建のものが現存しています。

切り絵の御朱印もありました。

平成三十年に復元された「中金堂」は、興福寺伽藍の中で最も重要な建物で、当時は丈六釈迦如来像を中心に、薬王・薬上菩薩像と十一面観音菩薩像を脇侍(わきじ)に従え、四天王像などが安置されていたそうです。

こちらは中金堂の御朱印です。

隣の国宝館では、有名な阿修羅像や金剛力士、天燈鬼・龍燈鬼…などの像が大集合していました。

おすすめグルメ

近鉄奈良駅近くの「東向商店街」という細いアーケードの中へ入り

しかまろ君がいるマクドナルドが目印。と言っても、お目当ては向かい側にあるお店。

和風の店構えの「うどん釜粋」さん。落ち着いた店内ですが、中はいつも満席になるほど美味しいうどん屋さんです。

とり天うどんなんですが、大きな唐揚げが三つも入っています。出汁もとても美味しく全部飲めるほど。地元で大人気のお店で、奈良に来たらこちらにお邪魔してます。(許可を得ています)

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