【兵庫県】陸・海・空の乗り物歴史体験施設/神戸市 神戸海洋博物館&カワサキワールド

平安時代、平清盛によって日宋貿易の拠点『大輪田泊』として港への改修が始まり、鎌倉時代は僧重源により更に改築され『兵庫津』と呼ばれ貿易港として発展。江戸時代末期の日米修好通商条約の締結を筆頭にオランダ・ロシア・イギリス・フランスと安政の5ヵ国(不平等)条約で箱館のほか、神奈川、長崎、兵庫(神戸)、新潟を開港とすることになりました。

開港当時、アメリカ領事館が置かれメリケン波止場と呼ばれた事に由来しています。現在は観光地として整備され人気観光スポットとなったメリケンパークを訪れました。

一番近い最寄駅は、神戸市営地下鉄海岸線の駅。JRではJR西日本の元町駅(写真)。

神戸ポートタワー

神戸港のシンボルといえば『神戸ポートタワー』。デートコースとしても有名ですね。

近くから見ても美しい曲線美。渦巻き状の下の展望階と上部の展望階をエレベーターが繋いでいます。

入場料は二種類●展望5階まで大人1000円(高校生以上400円)●展望5階と屋上が1200円(小中学生500円)。入場時間は9:00〜最終受付22:30。豪雨や強風の時は屋上が閉鎖の時もあります。

広いタワーではありませんが、中にはいろんなショップがあります。螺旋階段とエレベーターを使って

アートが飾られている階です。

展望タワーでは名物の透明の床に脚が震えます。

さぁお楽しみの屋上デッキに着きました。どんな眺めしょうか。

風が強い日もありますので、持ち物が飛ばされないように。

屋上デッキはガラス張りです。高所恐怖症の人でなくても脚が震える眺めですが、周辺を一望できます。混みそうですが夜景も見てみたいですね。

港内ですので、穏やかな海面の先に赤い神戸大橋とポートアイランドが見えます。手前ではイベントが行われていました。長い行列です。

反対側には『神戸ベイクルーズ』観光船乗り場がありました。中央の船は、中世の安宅船(あたけぶね)の形をしていますが、これは将軍徳川家光公が作らせた御座船安宅船を模した遊覧船です。

神戸ベイクルーズ

意外と安価で楽しめる神戸名物ベイクルーズ。冒険心をくすぐりますね。

乗る船によってコースが若干違い、神戸港ターミナルから出航し海上自衛隊の潜水艦の横を通り、神戸空港→ポートアイランド→神戸大橋(ロイヤルプリンセス号のみ)→帰港。

眺めている時に『ロイヤルプリンセス号』が入港してきました。奥に観覧車もあり、関西の人気デートコースと言われるのも納得です。

神戸海洋博物館&カワサキワールド

ポートタワーの横にある『神戸海洋博物館』。営業時間は10:00〜18:00(最終入館17:30)まで。休館日は月曜日。入館料は大人900円(小人400円)

カワサキワールドという表示がありますが、神戸開港から歴史を歩んだ川崎重工の展示館が併設されています。

入るといきなり度肝を抜かれる中世の軍艦の迫力。イギリス海軍第2級戦艦のロドニー号。海洋博物館所蔵の設計図を元に復元されました。

神戸が開港した慶応三年十二月七日(1868)に神戸開港を祝うためアメリカ・フランスなどの外国船六隻とともに来航したイギリスの旗艦。当時の人たちの驚きと不安が想像できます。

海洋博物館なので船の進化が模型で見る事ができる展示物が並んでいます。こちらは咸臨丸。勝海舟さんが乗ってサンフランシスコへ向かった船として有名ですね。

こちらは、初代『大和』。あれ?と思われる方が多いと思いますが、昭和時代の戦艦『大和』は2代目となります。他にもたくさん船の模型が展示しています。

カワサキワールド

鉄道ファンの方には嬉しいピッカピカの0系新幹線の展示もあります。フォトスポットですね。当時世界初の高速鉄道として川崎重工業から国鉄へ納入されました。

こんなに近くで見られるのは嬉しいですね。

中にも自由に入れます。当時の座席シートに座ってゆったり。

運転台にも座ることができます。こんな感じだったのですね。アナログメーターに赤いボタンなど、少年たちの心が疼くのでは無いでしょうか。

神戸港を周辺のジオラマもあり、前方カメラ付きの電車を操縦できる仕様になっています。

航空ファンの方には、実物の救助ヘリ『川崎バートルKV107Ⅱ』の展示もあります。

こちらも中へ自由に入れます。『美濃』と名前が付いたこの救助ヘリは

ぎっしり並んだ計器類とペダルやレバー、座席には座れませんが両手両足を使って操っているんですね。

ミニシアター

新幹線が船で運ばれていくところですが、ミニシアターで日本の乗り物(飛行機・新幹線・バイク)を製造し支えている川崎重工の歴史が学べます。

カワサキワールド

川崎という名は、創業者の名で正蔵さんは天保八年(1837)薩摩の国鹿児島県生まれ。東京と神戸に造船所を建設し、西洋型帆船を20隻つくる計画を立てますが資金が不足。そこに救いの手を差し伸べたのが、同郷で初代社長になる緒方幸次郎さんの父の正義さん。その後、東京築地に川崎築地造船所を開設されました。

お馴染み人気の川崎T-4中等練習機です。流石に実機はありませんが、平成三年(1991)に航空自衛隊のブルーインパルスに選定されて以来、全国の人達を魅了させてくれています。

バイク好きの方には、カワサキ製バイクの進化の歴史がわかる展示物があります。

エンジン部分がむき出しのネイキッドと呼ばれるバイク『ゼファー』。

こちらはレプリカと呼ばれるバイク『ZXR』。バイクブームと言われていた頃を懐かしむ方で賑わいます。展示用バイクに乗って記念撮影できるコーナーもあります。

その他にも子供たちが遊べるコーナーもあり、ファミリーで楽しめます。

全部見て回りながら長時間遊べて満足しました。

周辺の歴史スポット

海軍操練所跡

神戸港といえば、まずこの史跡を連想する方が多いかと思います。『海軍操練所跡』

「万延元年(1860)一月、幕府は遣米修好使節団を公式に派遣した。その際、勝海舟は、咸臨丸(300トン)の船長として万里の波浪とたたかいながら一行の護衛と海洋技術習得の大任を果したのである。これ、日本人による最初の太平洋横断であり、わが航海史上、特筆大書すべき壮挙であった。

文久三年(1836)四月、攘夷の世論ようやく急を告げ、徳川家茂が摂海防備のため阪神海岸を巡視した。当時、海舟は軍艦奉行並みの職にあって、これを随行し、神戸港が天然の良港であり、国防の要港であることを力説したかくてここ小野浜の地に海軍操練所の創設をみたのである。

この神戸海軍操練所は、兵学校、機関学校、海軍工廠を総合した観があり、大規模な組織であった。勝海舟はここに天下の人材を集め、日本海軍の礎を築き、海外発展の基地をつくろうとした。その高風を仰ぎ、 来り学ぶ俊英二百の多きを数え、 坂本龍馬、陸奥宗光、 伊東祐亨など、幾多有為の人材を輩出したのである。

元治元年(1864)海舟は禁門の変に操練生の一部が反幕軍として参加したため、激徒養成の嫌疑を被って解職され、操練所もまた翌慶応元年(1865)三月、ついに閉鎖されるの止むなきに至ったのである。写真:蛤御門(京都)

当時はこの「記念の錨」から東へ長くひろがり南は京橋詰から税関本庁舎を望むあたりの長方形の入掘約一万坪の一帯が海軍操練所であった。惜しくも現在では阪神高速道路の下に埋めたてられて当時の盛観をしのぶに由もない。

今日ただ遠く諏訪山公園からこの地を見守る勝海舟直筆の碑文を仰ぐことのできるのがせめてもの救いである。ここに当時を偲び郷土を愛する人びとに、この記念の碑を捧げる。」

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